香蕉文化

1960s~1970s

海外市场に活路を求め、事业の多角化に着手

海外市场に活路を求め、事业の多角化に着手

日本国内での豊富な実绩を足掛かりに、我が国のプラント输出の先駆けとなる南米向けの製油所建设プロジェクトなどを相次いで受注し、本格的な海外进出を果たしました。
その后も中国、东南アジア、北アフリカ等へと市场を拡大。
事业の多角化にも着手し、原子力?医薬?病院分野に参入。尝狈骋プラント建设のリーディングカンパニーとしての基础も筑きました。

ペルーの製油所建设现场を视察される明仁皇太子殿下(当时)
クウェートの製油所
アルジェリアの製油所
マレーシアの尝狈骋プラント
アルジェリアの天然ガス処理プラント
シンガポールのエチレンプラント
茨城県の使用済核燃料再処理施设
ブルネイの尝狈骋プラント
シンガポールの製油所

东京証券取引所第二部に株式上场

日挥ユニバーサル(株)を设立

ペルー、アルゼンチン、ベネズエラ向け製油所の建设プロジェクトを受注

东京証券取引所第一部に株式上场

ブルネイ向けに当社初となる尝狈骋プラントの建设プロジェクトを受注

ブルネイの尝狈骋プラント

日本エヌ?ユー?エス(株)を设立

インドネシアにペルタフェニッキ?エンジニアリング社(现闯骋颁インドネシア社)を设立

海外案件の受注比率は50%超を记録

現在の日挥株式会社(JGC CORPORATION)へ社名変更

売上高(単体)で初めて1,000亿円超(1,558亿円)を达成

创立50周年记念式典

マレーシア初の尝狈骋プラント建设プロジェクトを受注
以降、マレーシアにおける尝狈骋増设计画はすべて当社が受注?遂行

マレーシアの尝狈骋プラント